いまさら聞けない。「5G」って何?
アメリカや韓国、中国で先駆けて運用がはじまっていた“5G”。2020年3月に日本でもついにサービスが開始され、各携帯キャリアから5G対応のスマートフォンが続々と発売されています。5Gといえば、「高速・大容量」「低遅延」「多数接続」などが特徴として挙げられており、その効果による私たちの生活や産業の発展において、関心や期待が高まっている人も多いでしょう。しかし、「いったいこれまでと何が違うのか?」がよくわからないという方もいるのではないでしょうか。
4Gと比較すると、速度は最大20倍、同時接続機器は10倍、さらに遅延速度は10分の1と格段に通信環境が良くなることがわかります。また、「高速・大容量」「低遅延」「多数接続」となることで、技術的にも大きな変化が予想されます。例えば、VR技術、遠隔医療やAIモビリティ技術など、これまで通信環境の問題でなかなか実現できなかったことが叶い、それによって飛躍的な発展が期待されているのです。
一方で、5Gが満足に利用できる環境には程遠く、現在でも限られたスポットのみでしか利用することができないのが現状です。IDC Japanの「国内5G通信サービス市場の回線数予測」によると、2024年末の国内5Gネットワークの回線数は国内モバイル通信サービス市場全体の26.5%を占めると予測しており、5Gインフラが概ね利用可能になるのは2025年頃といった見通しを立てています。その他、IoTが普及することによるサイバー攻撃などのセキュリティリスクの高さなども懸念され、普及と同時に対応策を考えていかなければなりません。
しかし、「5G」は多くのメリットをもたらすものであるのも事実。そこで本記事では、未来を見据えてその開発の先頭を走る株式会社ワントゥーテンのCTOである、長井さんへ取材を行いました。
近未来クリエイティブ集団1→10のCTO、長井さんへ聞いてみました
現在、各企業で5Gに関するセミナーやイベントなどが開催され、多くの人に5Gの可能性を伝える取り組みが始まっています。そのうち、ドコモが主催する「PLAY 5G(※2020年9月30日営業終了)」ではいち早く5Gを体験できるサービスが展示され、実際に見て、触れて、「5Gが普及することでどういったことが可能になるのか」を実感できる施設が展開されていました。
今回は、「PLAY 5G」に自社製品「CYBER WHEEL X(サイバーウィルエックス)」や円谷プロと共同で開発した「ウルトラマンMR Show」を体験展示していた、株式会社ワントゥーテン(以下:1→10)の最高技術責任者(CTO)である、長井健一さんにインタビューを行いました。
長井 健一さん
株式会社ワントゥーテン
取締役副社長/最高技術責任者
京都大学工学部を卒業後、1→10に入社。Flashエンジニアとして大型広告キャンペーンを手掛けたのち、ソフトバンク社のロボット「Pepper」の開発に参画。現在は近未来クリエイティブ集団を率いる最高技術責任者 (CTO) として、技術面からのビジョン策定とその遂行や、個々が力を発揮できる組織づくりにも注力。AIやXRなどの最先端技術を駆使したコンテンツ開発や社会実装など、未来創造するクリエイターたちを牽引している。
──5Gの技術を体感できる場「PLAY 5G」に参画されたのにはどういったきっかけがあったのでしょうか?
もともとは、2019年のDOCOMO Open Houseで「CYBER BOCCIA(サイバーボッチャ)」を展示したことがきっかけです。その際にドコモさんの「PLAY 5G」の構想をお聞きして、開発中だった「CYBER WHEEL X」と「5G」を掛け合わせた企画を提案したところ、すぐにOKをいただきました。
──「CYBER WHEEL X」は、どのような経緯で開発されたんですか?
まず、前提として「CYBER WHEEL」は2つあります。「初代CYBER WHEEL」を開発した時は、第一に『パラスポーツを盛り上げたい』という想いがありました。パラリンピック選手はオリンピック選手と同様、スポーツに最適化した筋肉を鍛え、それぞれの競技に必要な技術を磨いています。しかし、2016年のリオオリンピック/パラリンピックが終わったのに、あまり世間ではパラリンピックの熱が上がりませんでした。そこで、彼らがやっていることは福祉競技ではなく、アスリートとして活躍しているんだということをもっと多くの人に伝えたいと思い、何か我々にできることは何かを考えました。そうして、5Gのサービスが開始される3年以上前の2016年11月頃から、初代CYBER WHEELの開発がスタートしました。
さらに、オリンピック/パラリンピックに関与していくうちに、パラリンピック選手が『満員の会場でプレイしたい』という想いがあることも知りました。当社としては、その想いをサポートしたいと考え、CYBER WHEEL Xの開発にも力が入りましたね。2019年末に国立代々木競技場で開催されたパラスポーツの大会では、客席の約2/3が埋まっていて、当社のCYBER WHEEL担当者も『感動した』と言っていました。
──初代「CYBER WHEEL」と5G回線を活用する「CYBER WHEEL X」では、何が変わったんでしょうか?
まず大きく違うのは遠隔対戦が可能となったことですね。また、初代CYBER WHEELを運営していく中で、筐体の耐久度などの課題が見えてきました。そこで、F1で使用される製品開発などを行っている株式会社RDSと協力して「CYBER WHEEL X」を開発しました。その他にも、コースを新たに作る際、実際に東京の街をスキャンして「2100年の東京」を表現したり、初代では直線のみだったコースにカーブや勾配が追加されたことで、筐体の操作性もアップデートしていきました。例えば、ハンドリム(車椅子の車輪外側にある持ち手部分)の操作の左右差によってカーブを曲がれるようにしたり、トルクチェンジャーを搭載して、坂道を上るときは重みを感じたりできるような、より“リアリティのある動き”になったと思います。
──すごく色々な部分でアップデートされているんですね。開発の際、苦労したことはありますか?
コースを作成する際、東京の街をスキャンしたデータを使って何かできないかという提案がエンジニアサイドからありました。1→10では「シード」と呼ばれる制度があり、勤務時間の数%の範囲で、自分の好きな研究開発を推奨しており、街並みの3Dスキャンはそこからの提案でした。本来であれば、制作工数削減を目的としていたのですが、エンジニアの美的表現のこだわりが発揮され、結局かなりの工数がかかってしまったことですね(笑)。ただ、コース映像は無数の点の情報から成り立っているのですが、そんな膨大な量のデータをFPSを落とさず実装しきれたことは、エンジニアとして胸を張りたいところだと言っていました。
──プレイヤーの細かな動きを伝え、この重厚で美しいコースを映像化して遠隔対戦を実現する為には、「高速・大容量」「低遅延」「多数接続」を可能にする技術が必要になるわけですね。まさに5Gの本領発揮です。
5Gは、未来をどう変えていくのか?
──5Gのサービスがスタートしたことで、案件の相談などは増えましたか?
非常に増えましたね。しかし、まだ5G のインフラが整っていないため、実際に体験できないことが悔しいですね。クライアントとは「じゃあどうするか」という話をしているのですが、必ずと言っていいほどMR(Mixed Reality:複合現実)の話が上がるので、やはり5Gは我々がやっている事業とは切り離せない関係にあると思います。
──やはりMRはこれからも大きく需要が伸びそうですね。その他にも、5G環境が整うことで成長が期待される技術はありますか?
個人的に期待しているうちのひとつは、「Volumetric Video」ですね。人物などの立体的な情報をそのまま3DCG化する技術のことなのですが、容量が非常に大きいデータになるので、5G が普及することでこのような技術は発展していくのではないかと思っています。
WHAT IS METASTAGE? Volumetric Video, Holograms, and Beyond...
今後は、「クラウドレンダリング×MR」にも注目していますね。現在、Microsoft社が開発したプロトタイプで、リアルタイムでどの空間でどこを見ているかをサーバーにあげて、映像としてレンダリング(一定の処理や演算を行って画像や映像、音声などを生成すること)できるものがあるのですが、5Gによって通信やレンダリングの精度が高まっていくのではないのでしょうか。
他にも「デジタルツイン」「ミラーワールド」に関連して色々注目している技術はあるのですが…つまりは『現実世界と仮想世界が重なっていく』ような動きが加速するのではないかと考えています。一方で、5G 普及に向けて課題が多くあることも認識しているので、10年後も「オンライン会議、繋がらねぇな~」とか「また映像止まった」とか、変わらず言っているかもしれませんね(笑)。
※デジタルツイン…現実世界にある人や物をリアルタイムでデジタル空間に構築し、高度なシミュレーションが可能となる技術
※ミラーワールド…リアルとデジタルの2つが融合する世界のこと
──すごく近未来的なイメージですが、5Gが普及することで実現すると思うとわくわくしますね。また、このような技術の発展によって、世間ではどのような変化があると思いますか?
これまである最先端技術の普及・発展がさらに加速していくのではないでしょうか。例えば2025年の万博をひとつのきっかけとして、MRグラスがより普及するんじゃないかと思っています。現在B to Bでは先立って、ベテラン職人の技術をMRグラスを通して伝授するなどの用途で利用されています。ただ、MRグラスの製品価格は数十万にものぼるので、決して安い金額ではないですよね。しかし裏を返せば、この価格は需要があることの裏付けにもなっていると考えています。そしてこの先5G環境が整備されたら供給体制が整うため、B to Cにも普及していくと予想していますね。
またハプティクス(触覚技術)業界の市場規模が大きく成長するのではないかと言われていますね。例えば当社が手掛けた「ドラゴンクエストVR」がそうです。自分がダメージを負った時にブルブルとバイブレーションが振動する仕組みとなっています。そのような効果があることにより、ユーザーの“体験の質”がグッと上がると思います。
──5Gによって提供される通信環境を生かして、更に最先端技術の発展が加速化するということですね。では、この先、長井さんたちはどういった技術を具体的に提供していく予定ですか?
例えば、大阪・関西万博では「全入場者3D スキャン計画」などを考えています。これは万博のPLL(People’s Living Lab促進会議)の応募へ自主提案しました。入場ゲートがバーチャル空間への入り口となり、3D スキャンするセンシング装置を通ることで、入場者全員のデジタルアバターを一瞬で生成します。そのアバターを、スマートフォンやMRグラスを用いて楽しんだり、会場のパビリオンに活用することを想定しています。このプランは現状、プライバシーの問題や技術的課題はあるものの、5年の猶予があるので実現可能だと思い、提案しました。このように、我々としても、「現実と仮想世界がシームレスに繋がる社会の到来は間違いない」と考えています。
──すごく面白い計画ですね!これも「高速・大容量」「低遅延」「多数接続」を実現する5Gの実力ですね。実現が楽しみです。その他にも、予定されていることはありますか?
近い将来でいえば、デジタル体験型商業施設「DEJIMA(出島)→DEJIMA by 1→10|羽田出島」を今年の秋にオープン予定です(※編集部注:2020年9月にオープンしました)。MRグラス「Magic Leap 1 (マジックリープワン)」を使った仮想世界の体験や、180度プロジェクションマッピング、圧巻の身体パフォーマンスが融合した、世界にも類を見ない新型エンターテインメント施設となっています。こちらはエグゼクティブアドバイザーとして市川海老蔵さんにもご協力いただいています。
──5Gをはじめ、こうした先進テクノロジーとクリエイティブを掛け合わせることで、世の中や人々に何をもたらすことができると思いますか?
これからは、テクノロジーとクリエイティブで社会課題に挑む時代だと考えています。日本では最近になってSDGsの認知度も上がってきましたが、まだまだ世の中には社会課題が多くあります。その中で、我々が特に注目している社会課題は「退屈」。SDGsにはありませんが。
──社会課題としての「退屈」とは、いったいどのようなことでしょうか?
これから新型コロナウィルスによる働き方の変容、単純労働のロボット・AIへの置換、働き方改革で週休3日となる時代がくるかもしれません。そうした時に、必ず訪れるのが「退屈の世紀」だと考えています。空いている時間を、ただボーッとスマホをいじったり、テレビを見たり…そんな風に過ごすのではなく、人々が知性あふれる、豊かに過ごせるような環境・時間・存在を提供したいと思っています。
──なるほど。さすが「近未来クリエイティブ集団」ですね。今後もそのコンセプトで開発を続けていくのですか?
これまでの20年は、地域に密着したHP制作事業から始まり、そこから派生して、技術、クライアント、ビジネス領域が拡張していきました。その根底にあったのは「我々の作った体験で人が楽しんでくれるのが嬉しかったから」という想いでした。でも、それはいわゆる結果論経営というもので、たまたま時流に乗れたということも大きいんです。そのためこれからは、請負の仕事だけではなく、自社事業の割合を徐々に高めていきたいと思っています。 “バックキャスティング”という考えに則って、「どういう未来を実現したいかを考えてから実行する」、そして「我々が未来を提示して、その実現に向かう」という視点で、今は「近未来クリエイティブ集団」としています。そして、我々が次の20年で向かう先を「新20年ビジョン」と策定したのは、つい先日の話です。その詳細は後日に発表する予定ですので、楽しみにしていただけたらと思います。
世界に変革をもたらすリーダーは、何を考えるのか
──このような時代において、リーダーにはどのような資質が必要でしょうか。
個人的に意識しているのは、「これからも進化の速度が指数関数的に上がっていく」ということです。技術の進歩もそうですが、その背景として、世界中で高度な教育を受けている人が爆発的に増えています。日本のような科学技術大国は、これからさらに世界中で広がっていくと思いますね。そうした時に、僕らのようなデザイン組織のリーダーに必要なのは、未来を想像する能力。空想・妄想・創造…これらの意味での「想像」ですね。そして、その実現まで諦めずに推進し続ける情熱が必要ではないかと思っています。
──具体的には、リーダーとしてどのようなことをされているのでしょうか?
技術者はどちらかというと、実現可能性から考えてしまう方が多いと思うんです。僕はCTOとして経営陣と技術者たちの橋渡しを意識して行っているのですが、僕たち経営陣が、ただ「新しい事業を始めよう」といっても、彼らからしたら「何で?」という想いがあるはずなんです。だからこそ、彼らが自分ごと化できるように、それをやる意義を伝えるということを大切にしています。「僕はこういうふうに思っているんだけどどう思う?」と聞いたり、実際にリサーチを行ってもらったり、みんなを「巻き込もう」と意識はしていますね。
──想像を実現していくために、技術面だけでなくチームを動かしていく伝え方や指導の仕方を大切にされているんですね!本日はお忙しいなか貴重なお話をありがとうございました!
5Gが普及することで、長井さんのお話にもあったように、これまで環境上活用が難しかった技術が、今後はさらに身近に、我々の生活に溶け込んでくることでしょう。そうした時に、「この技術を組み合わせたら何ができるだろう」「もしこれが実現したらどうなるだろう」という空想が実現できる可能性があるのが、これからの5G時代です。
さらに、長井さんへの取材を通して感じたのは、1→10が開発しているサービスは技術として素晴らしいのはもちろんですが、それだけではなく何よりも「ユーザーの体験」を意識されていることでした。技術面だけにとらわれず、さらにその先の「最先端技術が人々にどう影響を与え、どんな体験をもたらすのか」といった姿勢こそが、彼らのクリエイティブの源なのだと強く感じられる取材となりました。
新しい技術が続々と開発されている現代において、モノを生み出すだけでなく、コトを生み出せるエンジニアこそが、これからの時代で必要とされてくるはずです。エンジニアリーダーとして、来たる5G時代の到来に備えて、いち早く一歩を踏み出していってほしいと願っています。
(E-30!!!編集部 安達)