【前編】「転職マーケットの超プロ」に聞く。「人生100年時代」の中で、エンジニアは20代をどう過ごすべきか?


今回は、元リクナビNEXT編集長であり、現在も「転職マーケット」のプロとして日本を代表する企業へのコンサルティングも行う黒田真行氏をお招きしてお話を伺いました。テーマは「人生100年時代の中で、エンジニアは20代をどう過ごすべきか?」。多くの示唆に富んだお話を伺うことができましたので2回に分けてお届けします。

黒田真行氏プロフィール
1965年、兵庫県生まれ。1989年リクルート入社。2006年から13年まで転職サイト「リクナビNEXT」編集長。13年、リクルートドクターズキャリア取締役・リクルートエージェント企画グループGMを兼務した後、14年にルーセントドアーズ株式会社を設立。中途採用市場の積年の課題であった「ミドル世代の適正マッチング」をメーンテーマに設定し、日本初となる35歳以上のミドルキャリア専門の支援サイト「Career Release40」を運営。


聞き手:E-30!!!発行人 宮﨑健

1962年兵庫県生まれ。リクルート社にて16年にわたって採用・教育などHR領域のコンサルティングに従事。独立後は雑誌&WEBメディア「京都の30歳!」の発行・運用を皮切りに20代のキャリアづくりにまつわる数々の事業を展開、2017年に(株)エスユーエス取締役就任。

 

36歳の誕生日を迎えた瞬間に求人数は半減する。

宮﨑:今日はよろしくお願いします。まずは昨今の転職市場の動向から教えていただけますか。

黒田:正社員の転職市場では、転職活動者はその何倍もいますが、実際に転職が決まった方が年間200万人です。転職市場というのは景気の動向に左右されるものですが、2009年のリーマンショックの翌年に70万人で底を打って以降、ここ10年以上ずっと求人数が伸び続けてきました。しかしながら、米中貿易摩擦やイギリスのEU離脱問題などの影響もあり、2020年以降は下がるのではないかと予測されています。

宮﨑:求職者の年齢と求人数は反比例すると言われていますが、実際はどうですか?

黒田:今、転職者は年間200万人と言いましたが、求人メディアや人材紹介会社を活用した転職は約40万人で、エンジニアを含むホワイトカラー層はほぼこのゾーンに含まれます。ただ、このゾーンの求人はほとんどが35歳以下です。

もちろん表立って表記はできませんが、転職者の年齢上限を35歳までとイメージしている企業が圧倒的に多いため、36歳の誕生日になった瞬間に求人数が半減します。そして、40歳になればまた半減し、45歳でさらに半減、50歳になると求人数は35歳までの6 %程度になります。5歳ごとに半減期がやってくる構造です。

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進む大企業の構造改革で40歳以下もリストラの対象に。

宮﨑:去年ショッキングだったニュースとして、メーカーを中心に史上最高益を上げながらも、数千人規模の希望退職者を募集する会社がたくさん出ました。早期離職者数の総数がリーマンショック時を超えましたね。そんな中で「もう社員のキャリアは会社は守ってくれない」「キャリア構築は自己責任の時代である」といった風潮が一気に進んだように感じたのですが。

黒田:はい、おそらく数十年後の未来から振り返った時に、2019年は時代の転換点だったといわれる年になると思います。その一番シンボリックなできごとがトヨタ自動車の豊田社長による「終身雇用を守っていくのは難しい局面に入ってきた」というコメントでした。

実は45歳以上を対象にした黒字リストラはその前年、前々年からニコンやNEC、富士通といった企業で始まっていたのですが、豊田社長の発言が号砲となって名だたる顔ぶれの大企業が、堰を切ったようにリストラに踏み切りました。ただ私はこれはまだ序の口で、今後もっと増えてくると思います。また、40歳、35歳と若年化していく可能性も高い。

宮﨑:なぜもっと増えるのですか?

黒田:ひと言で言えば、日本全体が地盤沈下しているからです。過去最高益といってもそれはあくまで国内での話。グローバルで見ると日本のトップ企業の時価総額はどんどん低下している。時価総額というのは株価と発行済の株式数の掛け算で表される企業評価の基準のことですが、30年前の平成元年は世界の時価総額トップ50社のうち、なんと32社を日本企業が占めていました。

しかし、平成31年においては43位のトヨタ自動車1社のみです。このような大きな変化の中、彼らはグローバル視点で競争力を持てる組織への大変容を待ったなしで迫られているのです。実はこれらの企業は45歳以上を大リストラしながら、一方で20~30代の新しい技術を持った人を大量採用している。

シンプルにいえば、新しいテクノロジーについていけない人を吐き出して、持っている人を取り込むという構造です。ただ、次のカタチになるためにはまだまだ余剰人員を抱えており、吐き出す動きはまだ始まったばかりです。

宮﨑:リストラが若年化していく理由はなんでしょう?

黒田:年齢に関係なく、新しい変化をキャッチアップできるか否か、が問われているからです。新卒で入社して10年も働くとその企業の仕事の進め方に慣れてしまい、もう自分を変えられない人が出てきます。逆に言えば、ポテンシャルはあったのにその企業が10年かけてゆっくりと「使えない人間」にしてしまった。

それはマネジメントの責任でもあるわけですが、企業としてはもう待ったなしで変わらなければならないので、「これ以上変われない人間」と烙印を押されたら年齢は関係ないわけです。

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分野に特化したエンジニアは転職で行き詰まる傾向に。

宮﨑:これまでに何百人もの転職希望者から相談を受けてこられた黒田さんから見て、転職活動に苦しんでいる35歳以上のエンジニアの人たちは、どんな戸惑い方をしていますか。

黒田:多くのエンジニアは、分業化された仕事を長くやってきたせいで、事業の全体観が見えなくなっている印象です。技術の売り方を知らなかったり、コスト管理を分かっていなかったり。自分の領域だけをみて仕事をすることに慣れてしまったせいで、いざ変化が起こった時にどうすればいいかわからないというケースが多いですね。

また、特殊な分野に特化した仕事をしていたために、業界そのものが停滞した時にスキルの行き場がなくなってしまったというケースもあります。そうなると転職活動は相当きつくなります。

宮﨑:エンジニアの転職市場ではどんな変化が起こっていますか。

黒田:大きな流れは、オールドエコノミーからニューエコノミーへの人材の配置転換です。オールドエコノミーとは従来型の重厚長大型、ハードをベースとしたビジネス群のことで、ニューエコノミーとはITを中心とした新しいビジネス群を指します。

オールドエコノミーは全体として沈みゆく船になろうとしているので、ニューエコノミーに人材が移っていくのですが、ニューエコノミー側としては必要なスキルを持っているかどうかをかなりドライに判断します。

ですから、新しいテクニカルスキルを懸命に学ぶか、あるいは「ポータブルスキル」と呼ばれるコアなスキルを売りに移動していくか、もうどちらかしかありません。

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出典: 厚生労働省「ポータブルスキル活用研修・講義者用テキスト」

「ポータブルスキル」があれば道は拓ける。

宮﨑:「ポータブルスキル」について教えてもらえますか。

黒田:ポータブルスキルとは、その名の通りどんな仕事にも持ち運びができるスキルのことで、「仕事のし方」や「人との関わり方」に関するスキルです。図表のように「仕事のし方」の中にも「仕事の見立て方」に強みがあるとか、「実行力」に強みがあるとか、いくつかに分類できます。

また、「人との関わり方」についていえば、上司や先輩、あるいは同僚や部下、あるいは社外との関わりなど、誰を対象にしたコミュニケーションに強みを持つのかを知っておくことが重要です。いわば仕事をする上での「体幹」に近いような、基礎となるスキルですね。

宮﨑:ポータブルスキルはエンジニアのキャリアづくりの上で、どのような強みになりますか?

黒田:これは事実なのではっきりと申し上げますが、一般的に35歳を超えると同じ業界で同じ仕事ができる転職先は激減します。あったとしても年収はかなり下がる確率が高いのが実態です。そうなると違う業界で近い仕事を探すか、業界も仕事も異なる転職先を探すかになるわけですが、エンジニアの多くは専門知識や専門技術以外に武器となるものがなく、その時点で行き詰まってしまうケースが多いのです。

ここで先ほどのポータブルスキルがあれば、道はグンと広がります。ポータブルスキルは業種や職種を超えたベーシックな基礎スキルなので、自分のテクニカルスキルと組み合わせることで、さまざまな分野に応用できるのです。

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ポータブルスキル向上は40代では手遅れ。

宮﨑:ではポータブルスキルは、どうすれば身につけることができますか?

黒田:これも厳しい言い方になりますが、40代になってからでは遅過ぎます。やっぱり若いうちに「やり切った経験」「場数」みたいなものが「体幹」を鍛えていくことは間違いないので、できるだけ20~30代でいろんなチャレンジをしておくことが重要です。

昨今は「石の上にも三年」という言葉がやや過剰にディスられていますが、目の前の仕事に真剣に全力を出し切って取り組んだ経験というのは、やはり「筋力」をつけてくれます。流して働いていては決して身につきません。

宮﨑:しかし、残念ながらエンジニアはポータブルスキルへの意識が低いのでは?

黒田:そうですね。エンジニアはどうしても「スペック×領域」に意識がいきますから、別の業界や違った職種にも応用できる能力を意識しながら働くのは難しいのでしょう。でも、だからこそポータブルスキルを兼ね備えたエンジニアは強い競争力を持ちますね。

もし仮に、培ってきたテクニカルスキルがまったく活かせない時代になっても、ポータブルスキルが「最後の砦」となって新しい道を見つけることができます。

宮﨑:よくわかりました。ところで、数年前に「LIFE SHIFT」という書籍が発行されて世界的大ベストセラーになりました。著者のリンダ・グラッドン氏は2017年に日本政府の「人生100年時代構想会議」に招聘されたことで、日本でも注目を集めました。

「人生100年」と聞けば中高年だけに向けた警鐘だろ?と思う方も多いと思いますが、実は20代の生き方がとても重要になると書かれています。後編では引き続き「転職マーケット」の神である黒田さんに、エンジニアは20代をどう過ごすべきかについて伺うことにします。

《 後編 (3/28up予定) につづく》


(E-30!!!編集部 宮﨑健)

 

 

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